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「レアモデル」集まりました。
人生80年、どんな時代に生を授かるか?こればかりは選ぶ事ができません。
・・・ならば、その80年間をより楽しく生きる。他を妬んでもナニも生まれませんから。
時計に置き換えてみると、確かに昨今の一時的な流行品を否定する事はできません。但しそんな時代ですから、上質なホンモノを探そうとすると苦労するのです。
・・・がしかし、アルトコロには有るのです。ご覧下さい。
Astrid Kirchherr THE BEATLES 写真展
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会場 : 林時計鋪
会期 : 2009年 10月1日~未定
時間 : 10:00~19:00(無休)
*展示作品はご購入いただけます。
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・・・1960年代。今ではオッチャン・オバチャンの青春時代。今ほど便利な時代ではなかった事は明らかであるが、ホンモノと真実がうごめいていた時代。ヒトが豊かになる為の感性を養うにはこの頃の方が断然イイ。と、勝手に想っています。時計屋のオヤジはこの頃13~23才、とても多感な時と重なりウラヤマシイ。今でも多感なようですが・・・。
そこで一つ、「オヤジの回想禄」を。・・・>続きを読む
1960年代。この頃日本に“ファッション”という英語が輸入され、新幹線、東京オリンピック、アイビー、長髪族、ヒッピー・・・。そんな背景にはいつも彼等の音楽がありました、ソウ“BEATLES”。楽器の演奏、メロディ、詩、そして彼等のファッション、ホントこれはスゴイと感動しました。
40年前のそんな折、そのビートルズにとてもゆかりのある、LONDONのCarnaby.ST.ここへ行きたい。行かなければ。ついでにスイスも、と、当時はヨーロッパ往復のエアーのみで30万円のローンを組んで出掛けてしまいました。ちなみにボクの給料は約1万円。今の、ポルシェ一台分。でも何とかなるものです。草食系の諸君!ブライトリングも給料の3倍でした。思い起こせば、今の林時計鋪の建物は、その時のCarnaby.ST.の街角の気に入った建物を真似したモノでした。レンガと木枠の窓なんか写真に収めてきたまんまでした。パクリ。だけど、永~く使えると当時直感したのです。事実、40年近く経た今もイケていると勝手に思っています。時計ももちろん、そうでなくてはイケナイ、というのが林の、今までも、これからも、時計を考える時の“軸”なのです。そう、ニセモノなんてなかった。1960年代の、ヒトそしてハート、モノのカタチとサイズ、カラー。
ヒントにしてもイイ、と思います。
今回お知らせするのは、前にも記しました、ソウ「BEATLES」。アストリッド・キルヒャーという知る人ぞ知る、ビートルズを語る上でとっても有名な、当時ベッピンさんの写真家が撮影した初期のビートルズの貴重な写真です。タブン、現在もベッピンなおばあちゃんだと思いますが。 あまり眼にする事のないリーゼント姿のハンブルク時代や、5人目のビートルズといわれたスチュアート・サトクリフなど。ちなみにアストリッドは彼と恋仲でした。ビートルズにマッシュルームヘアーを薦めたアストリッドの心通わせた写真を、此処津で常設展示です。モチロンご購入いただけます。
次にアストリッドについて、少し。
1938年 5月22日 ドイツ ハンブルク 生まれ
スチュアート・サトクリフとピート・ベストを含むビートルズの面々が、クラブでのライブ演奏を目的にハンブルクへ渡ったのは1960年の夏であった。その後、ハンブルクのクラブ、カイザーケラーでの演奏活動を続けていたビートルズは、ロック・アルバムのジャケット・デザイナーを志す元美大生クラウス・ヴアマンの紹介で一人の女性写真家と出会う。アストリッド・キルヒャーである。
アストリッドもまたビートルズのファンとなり、彼らを被写体に撮影を行うが、彼女が撮った当時のビートルズ写真の多くは、初期のビートルズを伝えるフォトグラフの中で最も優れたものと言われている。加えて彼女は、ビートルズにマッシュルーム・カットを受け入れさせた張本人としても知られている。ビートルズが、グリースで髪を固めるロックンローラー然としたスタイルを抜け出し、独自のファッションやイメージを確立していくうえで、アストリッドの果たした役割は小さくないものと思われる。
なお、当時、ビートルズのベーシストであったスチュアート・サトクリフは、アストリッドと恋に落ち、彼女と婚約したために2回目のハンブルク公演(1961年)を最後にグループを抜けているが、その後、脳腫瘍のために若くして命を落としている。(このあたりのいきさつは、映画「バックビート」に詳しい)
また、直接の関連はないが、アストリッドがビートルズと出会うきっかけを提供したクラウス・ヴアマンは、ビートルズのアルバム「リボルバー」(1966年)で念願のジャケット・デザインを手掛けるとともに(ロック史上、最も有名なアルバム・ジャケットの一つとなった)、マンフレッド・マンのベーシストとして活躍したほか、プラスティック・オノ・バンドのベーシストとしてもジョン・レノンのソロ・アルバム「ジョンの魂」(1970年)や「イマジン」(1971年)に参加している。
最後に少し記しました“クラウス・ヴアマン”の展示会を前回開催しました。彼の画もとっても良かった。ジョンとヨーコが寝室で並んでいるのなんて、ホント良かった。
また、ここに掲載したハーフシャドウの写真「With The Beatles」ですが、これはなんとアルバムに使用した生写真の世界限定25枚というモノ。何とこれも購入出来るのです、本来オークションモノらしいですが。見た時にはドキッとしました。他には「Abbey Road」「Rubber Soul」etc. これは見ない方がイイです。

®Robert Freeman
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アリトアラユル情報が飛びかい、きのうの流行が明日には時代遅れになってしまうような現在、おいしいものが一杯食べられて、好きな洋服に目移りし、あちこち旅をして知らない土地をみることのできる私達は、ほんの十何年か前に較べて圧倒的に多くのコトをごく自然に頭のなかに持っているのかもしれません。
ただ惜しいことに、私たちの頭のなかにある沢山の情報は、ブランドの並ぶ街の地図や、誰かれの噂だったり、一番のりの流行り言葉といった、何かの拍子にあっという間に意味を持たなくなってしまう種類のモノが少なくありません。
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・・・ホンモノに必要な知識というものは、どれだけ時代が移っても、それほど変わるものではありません。
大切なのは、どれだけ沢山の事を知っているかではなく、自分に一番似合うモノやコトが何なのかをきちんと知っていて、それを静かな自信をもって選べる余裕があるかどうかなのです。
そして、そんな余裕を育てる為に何が必要かは一人ひとり違います。
お気に入りの作家の一行だったり、春の菜畑にただよう風だったり、新しいシャツに袖を通す朝だったり、静かに寄り添う手元のトケイダッタリ。
これからも自分自身を高め、真の豊かさをのぞむヒトのために。
私たちの店が、私たちスタッフが、そしてこの“林時計鋪Web通信”がお役に立てればと想っています。



